COLUMN
糸リフトを勧めなかった日の話
糸リフト専門のクリニックなのに、糸リフトを勧めなかった日の話をします。
※ご本人が特定されないよう、細部は変えてあります。
「やっと自分にお金をかけられる」
その方は50代で、長く美容のお仕事をされてきた方でした。何十年も、人を綺麗にする側。朝から晩まで他人の顔と向き合って、自分のことはいつも後回し。気づけば鏡を見るのが少し億劫になっていた。子育ても仕事もひと区切りついて、やっと自分に時間とお金をかけられるタイミングが来たんです、と話してくださいました。
ご希望は糸リフトでした。お仕事柄、美容医療の知識も豊富な方で、「切るのは怖いけど、糸なら」と、施術名を指定しての来院でした。正直、ありがたい話です。糸リフト専門を掲げるクリニックに、糸リフトを受けたい方が来てくださったのですから。
でも、お顔を拝見して考えが変わった
カウンセリングでお顔を拝見して、僕は少し考え込みました。その方はとても華奢で、痩せていらっしゃった。そして年齢の印象を作っていたのは、皮膚のたるみというより、頬のこけと、こめかみのくぼみと、その影だったんです。
ここで少し解剖の話をさせてください。顔の老化は「皮膚がゆるむ」だけで起きるのではありません。土台の骨が痩せ(眼窩=目の周りの骨の縁が広がり、上顎骨が萎縮します)、その上に乗っている脂肪のふくらみが減り、支えている靭帯がゆるむ。皮膚・脂肪・靭帯・骨という4つの階層が同時に変化して、その総和が「老けた印象」になります。
痩せている方の場合、この中の「骨と脂肪の痩せ」が前面に出ます。引き上げるべき脂肪のボリュームがそもそも少ないので、糸で後上方に引いても、期待するような変化になりにくい。それどころか、少ない脂肪を移動させることで、こけがかえって強調されてしまうことすらあります。
糸リフトは良い施術です。でも、この方に今必要なのは糸ではない。そう判断しました。
提案したのは、糸ではなく「支えを補う」こと
ご提案したのは、ヒアルロン酸によるトータルフェイシャルトリートメントでした。ほうれい線を埋める、というような1ヶ所の注入ではありません。骨の痩せで失われた支えを、こめかみ・頬骨の上・あご先といった要所に少量ずつ補い、顔全体の構造から立て直していく考え方です。
「糸リフトをしに来たのに、糸を勧められないとは思わなかった」と、その方は笑っていました。カウンセリングの結論が「今日は糸はやめておきましょう」だったわけですから、無理もありません。でも、なぜ糸ではないのか、骨と脂肪の話を一緒に鏡を見ながらご説明したら、深く納得してくださいました。
施術後、鏡を見たときの表情が柔らかくなっていたのを、よく覚えています。
勧めない判断も、専門性のうち
糸リフト専門を名乗っている以上、糸リフトを売るのが商売としては正しいのだと思います。指名で来てくださった方に、指名どおりの施術をすれば、お互い気持ちよくその日が終わる。それも分かっています。
でも、向いていない方に売った糸リフトは、数ヶ月後に「思ったほど変わらなかった」という記憶になって残ります。その記憶は、その方の中で「糸リフトってあんなものか」になり、美容医療への不信になっていく。僕はそれが一番嫌なんです。
何を勧めるかと同じくらい、何を勧めないか。そこに専門性が出ると僕は思っています。だから当院のカウンセリングでは、これからも「糸ではないですね」と言う日があります。
あなたは「下がった」タイプか、「削げた」タイプか
この記事を読んで「自分はどっちだろう」と思った方のために、ざっくりした目安を書いておきます。鏡の前で、頬を軽く指で斜め上に持ち上げてみてください。持ち上げたときに「若い頃の輪郭に戻る」感じがあるなら、たるみ=下垂が主役で、糸リフトの適応がある可能性が高い。持ち上げてもあまり印象が変わらず、こめかみや頬のくぼみ・影のほうが気になるなら、削げ=ボリューム喪失が主役で、注入で支えを補うほうが先かもしれません。
もちろんこれは目安で、実際にはほとんどの方が両方の要素を持っています。下垂7割・削げ3割なのか、その逆なのか。その配分を見立てて、糸と注入の役割分担を決めるのがカウンセリングの仕事です。
「糸リフトをしたい」と来ていただいて構いません。ただ、最終的に何をするかは、お顔を拝見してから一緒に決めさせてください。あの日のメイクアップアーティストの方のように、指名と違う提案になる日もありますが、それはあなたの顔を診た結果です。
※ヒアルロン酸注入・糸リフトはいずれも自由診療(保険適用外)です。腫れ・内出血などのダウンタイムがあり、効果の程度・持続には個人差があります。記事中のエピソードは、個人が特定されないよう細部を変更しています。